Boulder School 2022: Hydrodynamics Across Scales参加記
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アブストラクト
- 2022年の7月にUniversity of Colorado, Boulderで開催されたBoulder School 2022: Hydrodynamics Across Scalesに参加した
- これは広い意味での物性物理から選ばれたテーマについて多数の(2022年は19名)講師を招聘して毎年7月に4週間かけて開催されるサマースクール
- 格安の参加費($300)で期間中の宿舎と平日の食事が提供される
- アメリカ国内からの参加なら渡航費の援助あり
- 参加者のほとんどが博士後期課程の学生とポスドクで,2022年は65名が参加した
- アメリカの大学が多数だがヨーロッパを含む世界中から参加者がいる
- のべ80時間以上の講義&参加者によるポスターセッションがメイン
- 自主的な勉強会やゼミも盛ん
- 有名な教授陣の講義や世界中から集まった院生・ポスドクとの議論などとても良い経験ができるので,自分の専門にマッチするテーマであれば申し込むのを勧めます!
Boulder School for Condensed Matter and Materials Physicsとは
公式サイトより概要を引用します:
The Boulder School in Condensed Matter and Materials Physics provides education for advanced graduate students and postdoctoral fellows working in condensed matter physics, materials science and related fields. The goal is to enable students to work at the frontiers of science and technology by providing expert training not easily available within the traditional system of graduate education and postdoctoral apprenticeship. The School, which is supported by the National Science Foundation and the University of Colorado, will meet annually during July in Boulder Colorado.
「従来の大学院やポスドクの教育課程では容易に得られなかった…」とあるように,単一の大学院や研究室ではなかなか勉強できないさまざまなトピックを集中的に学ぶ機会を作ることが第一の目標なようです.
このサマースクールはUniversity of Colorado, BoulderのLeo Radzihovsky教授を中心として2000年から開催されており,2022年で22回目(2020年はCOVID-19パンデミックのため一年延期)を迎えています. 過去のテーマを見ても生物物理学から量子情報,そして今年の流体まできわめて広い分野からトピックが選ばれていることが分かります. ちなみに2023年のテーマは”Q Circuits”だそうです(私にはなんのことか分かりません).
参加までの手続き
ある年のテーマは前年のサマースクール開催中には発表されているようです. (詳細は私もよく分かっていないのですが,)講師陣が決まり,正式にアナウンスされるのが秋頃でしょうか. 私はScientific coordinatorsや講師の先生方のツイートで開催を知りました. 参加申込みの期限は開催年の1月中旬で,公式サイトの応募フォームに情報を入力するだけの簡単な手続きです. ただし,指導教員からの推薦状を別途指導教員自身から事務局へメールしてもらう必要があるので,前もって頼んでおきましょう.
参加可否の連絡は3月の上旬にきました. 実は私は初めリジェクトされてしまったんですが,メールで交渉したところ3月の下旬にアクセプトの連絡が届きました. 推測ですが,キャンセル枠などでの追加合格枠がいくつかあるのかもしれません. 一度リジェクトの連絡がきてもあきらめず,強い意欲があることを伝えて早めに交渉してみると覆るかもしれません. なお,2022年の倍率は3倍程度(187人の応募から最終的に65人が参加)だったようです.
参加費は$300ですが,これで4週間の学生寮(二人部屋(追加料金を支払えば一人部屋に変更可能))と平日の3食がカバーされるので格安です. また,アメリカ国内から参加する学生には旅費の補助が出るのですが,国外からの参加者は航空券を私費で準備しなければなりません. 日本から参加しようとする場合,ここがネックになるかもしれません. 私は留学しているフランスからの参加でしたが,ロシアのウクライナ侵攻の影響もあって航空券がとんでもない値段になっており,大変でした…
BoulderとUniversity of Colorado, Boulderの紹介
Boulderはアメリカ西部にある(とWikipediaに書いていましたが中部と言ったほうがよい気がします)Colorado州にある都市で,州都であり国際空港をもつDenverからバスに乗って一時間弱の距離にあります. 陸上選手が高地トレーニングをするくらい標高が高く(Denverは”mile high city”(1マイル=約1.6km)と呼ばれています),到着して数日は頭痛や手足のしびれを感じるかもしれません. 私の場合,Denverに到着した日は大丈夫だったものの,翌朝起きるとしんどくて大変でした.
Boulderの街にはいたるところに電動シェアサイクルのスタンドがあります. 大学のキャンパスはBoulderの中心街から丘を登った先にあり,徒歩はそこそこしんどいのでシェアサイクルのアプリを入れておくことを強くおすすめします. サマースクール参加者が対象のクーポンがあるので,ブックレットをよく確認してみてください.
Boulderの中心街にはPearl Streetという歩行者天国の区間があり,ショップやレストランが集まっています. 参加者の中には週に何度もパブに繰り出している人もいました. Colorado州はクラフトビールのブリュワリーが数多くあることで有名なので,飲み比べるのも楽しいと思います.
先程述べたようにUniversity of Colorado, Boulderのキャンパスは中心街から丘を登った先にあり,ロッキー山脈の石や煉瓦を使った統一感のある建物が並んでいます. キャンパスには緑も多く,到着して巨大なアメフトスタジアムを見たときは「アメリカの大学だ!」と感じました(筆者はフランスの学校でPhDをしています).
Boulder School 2022について
一日のスケジュール
期間中は基本的に毎日1.5時間の講義を3つ受けることになります. 時刻はそれぞれ09:00-10:30,11:00-12:30,14:00-15:30となっており,夕方は早めに終わります. この時間を利用して自主ゼミを開く人,大学のジムに行く人,街へ食事やパブに出る人など,講義後の過ごし方はさまざまです(博士論文を執筆している人もいました(すごすぎる)).
どのような先生が講師なのか,どのような講義があるのかについては公式サイトから自分の専門と近い年のアーカイブを見てもらうのが良いと思います. 私が参加した2022年は”Hydrodynamics Across Scales”というテーマだったので,その名のとおり量子流体から天体のスケールの流れまできわめて幅広いスケールにわたる流体力学についての講義がありました.
一週間のスケジュール
一週間での計15コマを5名の講師が3つずつ担当するのが基本のスタイルです. また,第1-3週目の木曜の夜にはポスターセッションがあり,ここでは参加者が自身の研究について発表します. ここでも講義に劣らず幅広いトピックの発表があり,とても楽しかったです. 19:00から始まったポスターセッションが,議論が盛り上がって気づくと22:00を回っているようなこともありました. なお,ポスターの画像とアブストラクトは公式サイトにアップされています.
また,毎週金曜の午後には”What have we learned?”と題したその週の講師をパネラーにしたディスカッションがあり,講義の内容に限らずアカデミアでのキャリアや研究テーマの見つけ方についてなどバラエティ豊かな質問が出て非常に面白かったです. 「なぜ理学部での流体力学の講義は(工学部に比べて)貧弱なのか?」という質問には日本以外でも同じなんだなと感じました.
Tシャツコンペティション
Boulder Schoolでは毎年参加者によるTシャツのデザインコンペがあり,最も票を集めた2つの案を表と裏にプリントしたものが最終週に配布されます(私が参加した2022年のTシャツデザインはここから見ることができます). デザインの募集はサマースクールの開始前から始まっているので,Illustratorなどを使える方は是非チャレンジしてみると良いと思います. また,そのような経験がなくてもデザインのラフを提案すると誰か得意な人がきちんとしたデザインにブラッシュアップする,といった分業(?)体制もできていました.
Slackワークスペース
2022年のサマースクールではSlackワークスペースが非常に活躍していました. 講義資料の配布や質疑のみならず,上でもふれた外食やジム,休日のハイキングなどもそれ用のチャンネルを有志が作成して活発なやり取りがおこなわれていました. 私は #julia
と #career
チャンネルを作り,プログラミングと就活について情報をやりとりしていました.
参加者の統計
参加者は博士後期課程の学生とポスドクがほとんどです. 2022年の参加者は64名で,(きちんと数えていないですが)PhD学生の方が多く,とはいえそんなに差は無かったように思います.
参加者の所属大学を国別に数えてみると,当然アメリカが圧倒的に多く2/3を占め,次いでフランスやイギリスといったヨーロッパ圏からの参加者がいました. 意外なことに中国の大学院からの参加者はいなかったのですが,その分アメリカの大学院に留学している中国系の学生はとても多かったです. しかし,日本(私だけ)や韓国(一人)など,中国以外のアジア系の参加者はきわめて少なかったです.
COVID-19対策について
後々このページを見る人のために,2022年7月の状況をまとめておきます. この頃はオミクロン株から派生したBA.5型ウイルスが蔓延しており,
- フランス:6月後半から「第7波」に入り,7月上旬には新規感染者数がピークを迎えました.私は7月の頭にフランスを出国したので「一番まずい時期を逃れられた」と思ったのですが…
- 日本:7月上旬から第7波に入り,7月末には新規感染者数が世界一になってしまいました(他の国が検査を諦めているだけでは?という感もありますが)
- アメリカ:同じ時期に明確なピークは見られなかったものの,一定数の感染者が出ていました
サマースクール開始時は皆かなり無防備で,講義もマスクをせずに受けている人が大多数でした. 第一週目のポスターセッションはかなり狭い部屋でおこなわれたのですが,参加者でいっぱいかつ隣との距離が近いのでみなが声を張り上げて議論しており,個人的にはかなり怖かったです(流石に私はマスクをして参加していました). そんな環境だったため2週目からは陽性者が(参加者,主催者,講師問わず)出始めてしまいました. 主催者からこの状況の注意喚起をうけ,さらにある先生が自身の講義でのKN95マスクの装着を要請したこともあり,一気にマスクをつける人が増えました. さらにポスターセッションも当初よりずっと大きな講義室(と廊下)を会場とすることで「密」を避ける取り組みがありました. なお,KN95マスクは主催者側からの提供がありました.
しかしそれでも,食事を複数人でとる,寮に戻ってから雑談や議論を近い距離でする,休日は連れ立って出かける,といった生活は続いていましたし,寮では二人部屋が基本なこともあり,断続的に陽性者が出てしまう状況は最終週まで変わりませんでした.
あくまで私見ですが,2022年7月のアメリカでは「感染してしまっても自己隔離すれば良い」,「ワクチンを3回接種していれば感染を恐れすぎることはない」といった考えが大学のキャンパス内であっても主流になっているように感じました. 来年以降はこの節の内容が不要になっていることを願います.
最後に
私がフランスでのPhDを初めたのは2020年の10月というパンデミックの只中で,リモートワークが推奨される時期もあり,せっかく留学したのにある意味で孤立した研究生活を送らざるを得ませんでした. そんな中参加したBoulder School 2022は,有名な先生から対面で講義を受けられる,世界中から集まった優秀な学生やポスドクと対面で議論できるなど,「こういう経験をしたくて進学したんだった」ということを思い出させてくれました. しかし,インターネットで検索してみても日本語の情報はほとんど無く,日本人の学生やポスドクにとっては申し込むハードルが高いと感じたため,ここに参加までの手続きやサマースクールの内容,雰囲気などをまとめてみました. これを読んで日本から参加する人が出てきてくれると望外の喜びです. また,ここに書かれていないことでこんなことが知りたい,追記してほしいといったことがあればメール等で連絡をいただければと思います.
最後に,私はBoulder School 2022に参加するにあたり,竹中育英会の海外留学奨学金の補助をうけて参加費や航空券をまかないました. ここに記して感謝申し上げます.